痴漢行為の卑劣さに対し、勇気と知恵をふりしぼった女子高生。
それを支えるお母様とプロジェクトを推進する松永さんの声に心が動き、
クラウドワークスとして、すぐに支援、協力を決めました。
一個人でも、多くの人の共感の力で想いを実現できる
クラウドソーシングとクラウドファンディングの力が
まさに必要とされるプロジェクトだと考えたからです。
実際に、この小さな取り組みが、インターネット上で
驚くほど多数の方の共感を呼び、社会を動かそうとしています。
プロジェクトの成功によって、痴漢被害に苦しむ人が減りますように、
そして、痴漢を決して許さないという社会に近づきますように祈りつつ、
今後もプロジェクトの応援を続けていきたいと思います。
僕が子どもの頃には、セクハラやパワハラという概念がありませんでした。
問題がなかったわけではありません。悪しき習慣として、被害者はいるけれど、みんなが当たり前と見過ごしてあきらめていたわけです。
社会を変えるイノベーションは、誰かが声を上げることによって初めて世の中に認知されるのだと思いました。
痴漢は明らかに犯罪です。犯罪はなくなってほしいというのは、誰もが願っているけれど、一方で「仕方がない」と諦め、ある意味、あるのが当たり前と受け入れていたのです。
根絶ができないまでも、犯罪発生の確率を下げることはできる。このプロジェクトは、僕達にイノベーションの可能性を示してくれました。
単に、いい取り組みというのではなく、社会を変革する実証実験的なチャレンジだと考えています。
イノベーションは誰かが発言し、いろいろな人を巻き込み、みんなが認知したときに、大きな波が生まれます。
セクハラも、個人の尊厳や人生を踏みにじる問題だと声をあげた人達がいて、問題が明らかになり、賛同する人が増え、社会に認識されました。痴漢抑止バッジも、同様のプロセスを踏む必要があるでしょう。
女子高校生から声が上がったのも、大人だったら「仕方がない」と諦めがうまれた問題に対して、鋭い感受性が反応したからでしょう。当たり前で済ませられない、深い傷を心に負ったのではないかと思うと、娘を持つ父親として胸が痛みます。
僕は、田舎育ちなので、混雑した電車での通勤通学風景というものが、ピンときませんでした。もちろん、痴漢問題は電車内だけの問題ではありませんが……。
もし地方出身の子が、大学進学で初めてラッシュ時の電車で痴漢被害にあったら、カルチャーショックを受けるでしょう。
痴漢抑止バッジを社会に普及させるためには、継続が何よりも大事です。1回のクラウドファンディングで、スパイクが立つかもしれませんが、それを段階的に高くしていく取り組みが必要です。
継続するためには、資金が必要です。そのための組織を構築しなければ、活動の継続はできません。
公共事業が、いいプロジェクトを見つけて声をかけてくれるわけではありません。自ら、企業のコミットを得て、国内の大きな組織からの支援を得ていくアグレッシブな姿勢が必要です。
女性に近いポジションの企業にスポンサーになってもらい、メディアに広げていけば、国につながり、公共性が高くなり信頼が増します。そうなれば、他の企業からの支援も受けやすくなり、公的なセクターにコミットできるでしょう。大手鉄道にもつながれるようになります。
女性のために社会活動をしている企業とのコラボができれば、そこから活動が広がるでしょう。そういう拡大の方向を目指して、社会全体に痴漢問題の認知を広げていってください。
僕の娘が成長した時には、全ての女性が安心して生きていける世の中になるように、この活動を応援していきます。
2015年の初め、自分がこれまでに経験した痴漢被害についてブログに記事を書きました。思いのほかその記事への反響が大きかったことから、痴漢や性被害について調べるようになりました。私の本業はライターなので、痴漢抑止バッジの記者会見の際にもリリースをいただき、取材をしました。
痴漢抑止バッジを取材して感じたのは、「行動する人の元に解決策がある」ということです。議論も大切ですが、議論だけでは人を動かす力が弱い。行動して、やってみせた事実や成果こそが、人を動かすと感じています。
殿岡万里さんとたか子さんがつくった痴漢抑止バッジは、とても小さな一歩に見えます。「本当にこれで痴漢が防げるの?」と思う人もいるのでしょう。でも、たか子さんが実際につけて、効果を実証しています。痴漢の実態や加害者心理を調べてきた人ほど、なぜこのバッジが効果的かわかるのではないでしょうか。
性犯罪加害者には、「他責傾向が強い」ことがこれまで指摘されています。「痴漢をしたのは相手が誘ってきたから」「逃げようとしなかったからOKだと思った」「声をあげなかったから喜んでいると思った」という思考です。声をあげられない相手を、理性的に選んでいる場合もあります。だからこそ、「私は痴漢されることを望んでいないし、被害に遭ったら声を上げる」と先に意思表示をする「抑止バッジ」が有効です。
冒頭にも書いた通り、10代〜20代前半の頃、痴漢に遭うことがありました。高校時代、電車の中で執拗にスカートの中、そして下着の中にまで手を入れてきた男性がいました。私はスカートを抑え、できるだけ立ち位置を変えることで、抵抗の意志を示したつもりでした。でもその男性は、私が次の駅で降りた後に一緒に降りて、笑いながら私の手を引っ張りました。「ちょっと来て」と言われたと記憶しています。恐怖が怒りに変わった瞬間でした。私は抵抗していたのに、その男性は私が痴漢されることを「受け入れている」と誤解していたからです。それは渋谷駅で、周囲にはもちろんたくさんの人がいました。私がスカートの中に手を入れられているのを見ていた人もいると思います。でも、痴漢に遭っているときも、男性の手を振りほどこうとしているときも、私を助けてくれた人はいませんでした。
それよりも前、小学校高学年の頃。友達と2人で乗った電車の中で、履いていたキュロットをめくられて、直にお尻を触られたことがあります。しばらくお尻を触られた後、傘のような固いものが同じ場所にあてられました。駅員にも警察にも親にも言わず、家に帰ってから一生懸命シャワーで体を洗い、「好きな人と結婚するまで、私は自分の体を誰にも触られたくない。絶対にそんなことをさせないでください」と何度も神様か誰かに祈りました。
こんな屈辱を、どんな人にも、どんな子どもにも感じさせてはいけない。
たか子さんの行動は、たか子さんにしかできなかったものです。誰か大人が勝手にバッジを作って、「痴漢に遭うならこれをつけなさい」と強制することはできないタイプのバッジです。つけることによって、心ない中傷に遭う可能性があるからです。たか子さんはそのリスクを負ってでも、バッジをつけることを選んだ、ということ。私は、自分が被害に遭っていたのに、その被害のひどさを知っていたのに、当時もそれ以降も何もできませんでした。行動することで、より傷つくことになるのが怖かったからです。でも、たか子さんがこうして行動を起こした今、それを無視することはできません。
警察庁の発表によれば、電車内での強制わいせつの認知件数は304件。迷惑防止条例違反として検挙された痴漢行為は3,583件(2013年)。被害を届け出る人は1割ほどという統計もあり、実際の発生件数は何倍にもなると推定されます。「痴漢抑止バッジ」は、はじめの一歩です。ほかのタイプのバッジがあってもいいのではないか、ほかの対策方法もあるのではないかなど、興味関心を持った人それぞれが次の行動につなげればいいと思っています。私たちの代で、電車内痴漢という犯罪がこの世からなくなることを祈っています。
「どうして今までなかったのだろう?」
社会を変えていくきっかけは、誰もがそう思うようなアイデアを実際にカタチにした瞬間にはじまるのかもしれないと感じました。
考案者のお母さんの「娘を守りたい」という切実な想いを、起案者の松永さんがカタチにした、小さな小さな缶バッジ。
この勇気ある小さな一歩が大きな影響力をもち、社会に浸透していくことで、多くの女性が守られ、安心して生活できる──「Stop痴漢バッジプロジェクト」という価値ある取り組みがスタンダードになってほしいです。
痴漢抑止バッジは、
・痴漢被害者が減る
・バッジをつけるだけというシンプルさ
・痴漢冤罪被害についても考慮されていること
という3つの点がすばらしいと思いました。
このプロジェクトのゴールは、缶バッジがなくても電車通学や電車通勤で通う女性が安心して生活できること。つまり、缶バッジが必要のない社会だと思います。
この価値ある取り組みを、引き続き応援していきます。
痴漢抑止バッジは、意思表示のツールであって、バッジをつけた子が本当に痴漢と対峙して戦えるかどうかは問題ではないと思います。
痴漢は、痴漢抑止バッジをつけている子は避けるでしょう。「泣き寝入りしない」の決意表明するだけで、痴漢を抑止できるのであればそれでいい。
女子高校生だけがつけるのではなく、大人もつけたらいいと思う。大学生やOLさんがつけていれば、女子高校生も心強いでしょう。
「他の子にターゲットが移るだけ」と見る人もいるかもしれないが、このバッジが普及してみんながつければ、その懸念もなくなると思います。
だから、このバッジを普及させるのであれば、一気に広げるのが理想的だと考えます。みんながつければ「声をあげる勇気がない子がつけるバッジ」というものにはなりません。
私も、同僚の女性から痴漢冤罪のトラブルについて話しを聞いたことがあります。彼女の友人が、痴漢冤罪で裁判になり、無実を証明するために彼女達が協力し、苦労して無罪判決を得たそうです。
その痴漢冤罪がどういう状況で発生したのかまでは、私は詳細を知らないのですが、李下に冠を正さずではないけれど、トラブルに巻き込まれないための自衛は必要だと思いました。
疑われるような行動は、日頃から避けておくにこしたことはありません。それは、雑貨店でバッグのを開けて小物を出し入れしていたら、遠目からは万引きをしているように見えてしまうかもしれないから、そういうことはしない。それと同じことです。
自分の心がけで避けられるトラブルもあります。
今回の痴漢抑止バッジは、実際に被害にあった女性とその保護者の発案です。女性が社会に対して声をあげることで、回り回って男性の生き辛さが解消される効果に期待したいてす。
そういう前例として、男女雇用機会均等法があります。
男女雇用機会均等法は、女性だからといって仕事を制限されるのではなく、能力を生かして働きたいという方達が、社会に働きかけて設立されました。
男性は、それまで「男なんだから仕事をガンバれ」「男だったら、これくらいやれ」と大きなプレッシャーを掛けられてきました。
実際には、男性の中にも能力差はあります。頑張れる人、頑張りたい人ばかりではなく、ほどほどに働きたい男もいるのです。一方、女性にも能力が高くやる気のある人もいます。彼女達が「女だからと制限をされることなく仕事をしたい」と主張してくれました。
その結果、女だから大人しくしていろ、男だからガンバれではなく、できる人、やりたい人が仕事をできる社会になりました。
「女のくせに〜」「女だてらに」といった言い方をする男性は、「男はしっかりしなくてはいけない」という意識に囚われすぎているのではないか? と感じます。
男だからと肩肘を張るのではなく、性別ではなく能力や気質で、均等に働ける社会の方がお互いにとって生きやすいでしょう。
これは、女性が声をあげたから社会が変化して、男性にとってもプレッシャーが軽減された事例だと、私は考えています。
痴漢抑止バッジにも、同じような効果を期待できます。
女性が痴漢行為に対して、「泣き寝入りしません!」の意思表明をすることで、痴漢犯罪が減少すれば、痴漢冤罪被害も減るでしょう。それにより、男性が日常で感じている「痴漢冤罪に巻き込まれたらどうしよう」というストレスが減るのであれば、いいことですね。
痴漢抑止バッジが普及して、痴漢被害にあう方も、痴漢冤罪被害におびえる方も、安心して電車に乗れる社会になればいいですね。
匿名希望 様
以前より活動を拝見させていただいております。
痴漢抑止バッジを考案なさったたか子さんとお母様の辛い日々を思うと涙が止まりません。
この活動で少しでも痴漢が減ることを切に願っております。
私は女性です。痴漢抑止バッジは素晴らしい活動だと思います。けれど、私は付けようとは思いません。
というのも、痴漢抑止バッジを考案するまでの過程で、たか子さんが実際に被害を受けなくなった、という成果は、たか子さんのみがそれを行っていたからだと私は思うからです。
たくさんの被害に苦しむ女性を救う為の、痴漢を無くすための活動ですから、多くの方が使って世間に認知されて然るべきと思います。
けれど、その分効果も薄まる事と思います。ただでさえ、女性が受けている痴漢被害よりも、男性が受ける冤罪被害で痴漢を語ろうとする人達が多い世の中です。正しい行いが出来る人は、そもそも痴漢という行為には走りません。たか子さんがバッジを付けて被害が減った傍らで、そのたか子さんにいつも痴漢をしていた人はどこにいったのでしょうか?
痴漢抑止バッジを見てああもう二度としないと心を改める人なら何度も痴漢に手を染めたりはしないでしょう。
毎日別の人に痴漢をされていたのだとするなら、それだけ犯罪者が多いということです。たか子さんに痴漢をするのを止めても、他の人にする可能性があるということです。
バッジはたか子さんが目に見えて「泣き寝入りしない」という意思を主張することで効果がありました。たか子さんの場合はバッジを付けたことで被害に合わなくなったそうですが、もし被害に合っていたらどうでしょう?声を上げることが出来ていたでしょうか?
痴漢にあっても声をあげることが出来ない。痴漢にあいたくない。そんな人達にとってこのバッジは有難いと思います。自分で声を上げずとも主張が出来るんですから。
けれどこのバッジを沢山の女性が付けるようになり、誰もが毎日見かけるようになり、それでも被害は抑えられると言えるでしょうか?
声を上げられない人には冤罪を恐れる人もいると思います。もしこのバッジを付けている時に痴漢にあったら、その人は何かの間違いかもしれない、バッジをつけているのに、と更に恐怖を感じるかもしれません。
私は痴漢を軽い犯罪とは思っていないからこそ、痴漢抑止バッジには賛同しかねています。だからと言って対案となるものが思いつかないので、なんとも言えません。
私は普段は人前で話すのが得意で、大きな声で笑うし話すし、人から見ると多少キツめの女です。ですが一度だけ痴漢に遭ったことがあります。それはさほど混んでいない電車の、2人掛けの座席が中央通路を挟んで左右に並んでいる車両で、通路側の座席に座って俯いて寝ようとしていた時のことです。右の肘掛に置いていた私の手に何かが当たったのを感じました。
その時はぼんやりとしていて、特に気にしませんでした。でもそれが、偶然当たっているというより、なんだか擦り付けられているような気がして、目が覚めました。俯いたまま、目を開けて動かずに横を見ると、男の人が立っていて、自分の股間を私の手に当てていました。ハッキリ見ました。ここで私は初めて遭った痴漢の被害に、恐怖を感じつつも、「このやり方は告発出来ない」と思いました。混んでいない車両なので、私以外このことを全く見ておらず、多分私が起きるような仕草を見せればこの人は車両を移るだろうとわかったからです。声を上げても冤罪と言われれば証明の仕様がありません。どうしたものか…と思っていると駅が近付き、私の隣(窓側)に座っていたひとが、寝ていたのですが起きて降りる用意を始めたので私もそれに合わせて起きたフリをしました。男の人は私の視界から消えましたが、斜め後ろにいるような気がしてずっと震えていました。駅に着くと、隣の人が降りたので、普段なら窓側に詰めるのですがもしこれで隣に座って来られたら?どうする?と思いしばらく動けずにいると、後ろにいた気配が動いたのでどこかに行ってくれたことを知り、やっと肩の力を抜くことが出来ました。
あの体験で思い知ったのは、痴漢の凶悪さ、そして被害者になった時の恐怖です。私は痴漢を「やめてくれればいいな」とは思いません。痴漢は犯罪ですから、一度でも犯したのなら捕まえたいと思っています。
あの時私はどうにかしてこの痴漢を正当に告発したい思いでいっぱいでした。何故なら絶対この痴漢は「次もやる」と確信していたからです。満員電車で偶然当たってつい痴漢を…というのとは話が違います。確実に常習犯であり、だからこそ告発出来ないように痴漢されました。
なので私とたか子さんの痴漢への認識については差があるとも思います。私はたった一度の被害ですがたか子さんは殆ど毎日通学中に被害に遭われていたわけで、また私は性格が極端なので痴漢被害についての話を見かける度に「痴漢には死を」くらいのことを考えています。
たか子さんは非常に優しい方なのだなと一連の活動を見て思いました。そんな心優しい方がこうして悩まれて結果考案なさった痴漢抑止バッジ、良い方向に向かうことを心から祈っています。
ですが私は付けません。次は絶対に捕まえてやるつもりだからです。とはいえ男女共用車両での具体的な対策がいまだ無いので、私は出来る範囲で女性専用車両の有用性、正当性を説いていきたいと思っています。
というか、女性専用車両と言う前に、全ての車両を男女で分けて監視カメラをつければいいのにと思っています。
また、こちらとは違うと思いますが、男性の痴漢抑止バッジの取組が最近出てきたように思います。こちらについては素直に「バッジをつけている=女性の味方」という感覚が出来て女性は安心出来るな、という反面、「これを付けて痴漢されたら声を上げたところで冤罪って言われるんだろうな」とも思いました。
私は、大阪でクラウドファンディングのコンサルティングをやっています。大阪商工会議所で、クラウドファンディングのセミナーを行ったときに、Stop痴漢バッジプロジェクト代表の松永さんから相談をうけました。
松永さんに、この痴漢抑止バッジの件を初めてお聞きした時、私も高校2年生の娘を父親として被害にあっていた娘さんのことを想うと、とても辛くて、是非とも協力したいと強く思いました。
母と娘が必死の想いで制作した「痴漢は犯罪です。私は泣き寝入りしません」というカードの写真を見て、凄い良いアイデアだと衝撃も受けました。
更にカードからバッジにするアイデア、それも良い。このバッジがマタニティバッジのように、日本全国に広がればいいな。痴漢が減るだろうと思ったのです。
松永さんから、この痴漢抑止バッジを日本中に広げるために、バッジの製作費をクラウドファンディングでやりたい。デザインコンテストも同時に行いたいと相談を受けたときに、デザインコンテストには、クラウドソーシングを使うのがいい! 直ぐに思いました。
この案件は、私のネットワークを使えば、必ず成功すると直感で分かりました。考案者の母子が関東の方なので、Faavo大阪よりも東京で開催した方がいいと考え、Faavo東京23区を紹介しました。
そして、クラウドソーシング大手の「クラウドワークス」さんに松永さんをお連れし、ご紹介しました。クラウドワークスの田中優子取締役からも、「これはとても社会的意義のあるプロジェクトなので、ぜひやりましょう!」と賛同を得ることができました。
田中取締役の尽力で、11月2日に東京のクラウドワークス本社にて記者会見が開かれ、日本中のメディアにプロジェクトの情報が拡散させれていきました。
クラウドワークスで公募した痴漢抑止バッジのデザインも441ものデザイン提案があり、クラウドファンディングももうすぐ100万円の資金が集まりそうです。そして、来春に新たに高校生になる学生さんにバッジが無料配布が実現しそうです。
このプロジェクトにかかわることができて、私自身とても良かったです。今後もこのプロジェクトが広がるように手伝っていきたいと思います。
電車内の痴漢問題は、女性だけが被害にあっているわけではありません。例えば、私はいつも車内では、痴漢の冤罪に巻き込まれないように両手でつり革をつかんでいます。手を上にあげることで、冤罪の疑いを防いでいます。
いつもビビッて、電車に乗っています。こうした日々のストレスも、痴漢加害者がいるために起きているんです。
痴漢抑止バッジが広がって、痴漢被害が減少すれば、もちろん冤罪被害者も減ると思います。このプロジェクトは、女性だけではなく男性にとってもメリットのある活動だと期待しています。
最初に、痴漢抑止バッジを知った時には、「バッジで何をするの?」と思いました。どうやったら、バッジで痴漢問題を解決できるのか、想像がつかなかったんです。
イメージしたのが、駅のポスターにあるような「痴漢は犯罪です」といった表現だったせいかもしれません。痴漢加害者が、痴漢を犯罪だと知らないわけはないのに。分かってやっている人に、改めて「痴漢は犯罪です」と伝えるポスターって、何の意味があるんだろう? と、疑問でした。
あのポスターには、どこか他人事として捉えている、外野からの警告という印象がありますよね。
だけど、Stop痴漢バッジプロジェクトの発足経緯や、痴漢抑止バッジを考案したエピソードを聞いて、それまで自分が持っていた痴漢問題に対する意識が、ガラガラと変わりました。
私は、中学高校大学と女子校に通っていました。私も経験があるし、周囲の友達も痴漢にあっている子は大勢いました。学校の先生に被害を報告したり、相談したりという空気は、当時はありませんでした。
クラスメイトとは、休み時間に「今日も痴漢にあったよ」「手に爪を立ててひっかいちゃえば?」なんて言い合うのが精一杯で……。
友達同士で、痴漢に対する怒りをぶちまけているときは、反撃しちゃえ! という威勢のいい言葉もでるけど、実際に痴漢被害にあって、それをする勇気は、当時の私達にはありませんでした。
そもそも、「もし痴漢にあったら、〜〜〜しよう!」という考えだったんです。痴漢にあうのが前提でした。それって、自分達が痴漢にあうのは仕方がないと、諦めて受け入れていたということです。
「自分の身は自分で守りなさい」と言われても、具体的にどうしたらいいのかは、誰にも教えてもらえなかったですし、相談もできずにいました。
一方的に痴漢行為を仕掛けてくる大人に、どう切り込んでいいのか分からなかったんです。
痴漢抑止バッジに書かれている「私たちは泣き寝入りしません」というコピーを見たときに「私もあの時に、イヤだ! って言ってよかったんだ……」と初めて気がつきました。
“女子中学生”、“女子高校生”という枠組みの中にいた私たちは、見知らぬ大人に対して、自分の拒否権を発動するという発想がありませんでした。
痴漢抑止バッジは、被害にあってからガンバって勇気を出すのではなく、被害そのものを未然に防ぐという点が、これまでの痴漢対策や解決策と大きく違うと思いました。
これまでは、社会が「痴漢犯罪はあるもの」として受け入れた上で、対応策を考えていました。女性専用車両も、その発想でしょう。
だけど、女子中高校生が、世の中が「痴漢が存在するのは当たり前。仕方がない」と受け入れる必要はないんですよね。
誰かと闘ったりせずに、ただ「自らの意思・姿勢を周囲に伝える」。
それだけで、痴漢加害者から自分の身を守ることができるし、犯罪を減らし、冤罪被害を生むこともない。痴漢抑止バッジは、そんな強くて優しいツールなんですね。
「社会って、大人ってこういうものなんだ」と諦めることなく、自分が嫌なものに対しては「私は、それを拒みます」と表現する自由を誰もが持っています。
考案者の女子高校生のアイディアと行動は、痴漢問題だけでなく様々な「生きづらさ」への向き合い方を私に教えてくれました。
痴漢抑止バッジをきっかけに、誰もが生きやすい社会へ向けて少しずつ進んでいきますように!
痴漢抑止バッジは、面白い試みだと思いました。
バッジという小物一つで、痴漢犯罪が減るというのは、費用対効果が高いですね。大がかりなキャンペーンを張るのではなく、個人の小さな行動で社会に大きな変化が生まれるというのがワクワクします。
実際に、被害にあった女子高校生が考案し、自分で身につけて効果を実証している点もいいですね。ITとか難しい技術を使わない、ただのバッジだから専門知識もいらない。誰でも使えるいいツールです。
デザインの世界では、人の行動を変えるデザインに注目が集まっています。デザインの力で、人間の行動を変えて問題解決の手段とするわけです。この痴漢抑止バッジは、まさにその流れにそっています。
今後、痴漢抑止バッジをつける方が増えていけば、社会実験的な意味も生まれてくるでしょう。そういう意味で素晴らしい取り組みだと感じています。
こうした個人の発想で生まれたものを世の中に広めていくというのは、クラウドファンディングにピッタリな流れですね。
デザイン的に言えば、目にした一瞬で相手に意図が伝わる必要があるでしょう。可愛いだけで意味が通じないのでは、役に立ちません。
パッと目に入った瞬間に、「ヤメタ!」と痴漢加害者が思え大成功。
注意を喚起するための、字の大きさや配色には気を配る必要がありそうです。
その反面、電車外では目立たせたくないという課題があります。例えば、リバーシブルのデザインにして、電車に乗るときだけ痴漢抑止効果のあるデザイン面を見せるというのも考えられます。
自分も電車に乗るときは、両手でつり革に捕まったり、スマホを両手で使っていたりと、痴漢冤罪被害者にならないように気を遣っています。痴漢抑止バッジが普及して、電車内の痴漢行為が減れば、私達男性もそうしたストレスから解放されますね。
このプロジェクトが成功して、痴漢抑止バッジが普及したらいいと思っています。
多くの男は、電車内で子どもが痴漢被害にあっている現実を知らないのではないでしょうか。フィクションの世界、妄想だと思っているのが、普通でしょう。
男にとって、切実なのは、自分が痴漢冤罪被害者になったらどうしよう? ということだと思います。
このプロジェクトは、痴漢被害にあってから対処するのではなく、犯罪そのものを未然に防ぐという点がしっくりきました。被害者も加害者もつくらないというのは、いい形ですね。犯罪が減れば、痴漢問題につきものの、痴漢冤罪被害者も減る。
それは、女性だけではなく、男性にとっても大きな意味があると思いました。
人間には、どうしても闇の部分があると、私は思っています。日常生活の中では、理性を保って生活している人であっても、酩酊していたり、疲れていたり、自暴自棄になってしまっているときには、フッと魔が差す瞬間がある……。
それは、人間であればもっている弱さだと思います。
そんなときに、ちょっとしたことがブレーキになり、冷静さを取り戻させてくれるというのはあるでしょう。
例えば、泥棒だって、二重ロックをしてある家には入らないといいます。「手間が掛かりそう」と感じるだけで、盗みに入るのを止めるわけです。
痴漢加害者も同じではないでしょうか。「痴漢は犯罪です」「やめなさい」というよりも女性自身が「私は泣き寝入りしません」と言う方が、リスクに気づいて冷静になると思います。
このプロジェクトをニュースで知って、妻と少し話しをしました。昔、痴漢で怖い思いをしたなんて聞くと、過去のことであっても犯人に対して腹が立ちます。その場にいて、彼女を助けることができなかった、守れなかった自分を無力だと感じます。
怒りをぶつける場がないだけに、悔しいですね。
痴漢抑止バッジが普及して、被害者の女性も冤罪におびえる男性も安心して電車に乗れるようになればいいと思っています。